2016年5月20日金曜日

差押禁止債権

司法書士の岡川です。

「平成二十八年熊本地震災害関連義援金に係る差押禁止等に関する法律案」というのが、衆議院で可決されました。
今のところ法案の本文が見つからないのですが、東日本大震災のときの同様の法律を参考にすると、おそらく、

1.平成二十八年熊本地震災害関連義援金の交付を受けることとなった者の当該交付を受ける権利は、譲り渡し、担保に供し、又は差し押さえることができない。
2.平成二十八年熊本地震災害関連義援金として交付を受けた金銭は、差し押さえることができない。

という内容になっていると思われます。
熊本地震の被災者に交付される義援金(都道府県や市町村が交付するもの)については、全額が差押禁止債権となります。
生活再建のためですね。


さて、そんなわけで今日は差押禁止債権の話。

債務者が任意に債務を履行してくれない場合、強制執行手続により、債務者の財産を差し押さえることができます。

差押えの対象となる財産は、動産や不動産だけでなく、債務者が第三者に対して有している債権を差し押さえることもできます。
これを債権執行といいます。

よく行われるのは、預金債権や給与債権、売掛金債権などに対する差押えですね。

不動産の差押えと違って、大掛かりな競売手続きなども必要なく、比較的手軽に行える強制執行の方法です。


もっとも、どんな債権でも無制限に差し押さえられるというわけではなく、一定の制限があります。

まず、民事執行法上の制限として、給与債権や個人年金の受給権は、原則として債権の4分の3は差し押さえてはいけないと規定されています(152条1項)。
これらを全額差し押さえてしまうと、債務者が生活に困窮してしまうからです。
もっとも、差し押さえられても困窮しないくらいくらい受け取ってる場合もあるので、そんな場合まで債務者を保護する必要はありません。
毎月400万円もらってる人が「300万円残してもらえないと生活できない」とか言っても、何言ってんだって話ですね。
というわけで、差押えが禁止される部分は毎月33万円が上限になっています。

つまり、月給が手取り40万円の人の給与債権を差し押さえる場合は、差し押さえられるのは毎月10万円(40万-30万)が上限。
債務者の月給が手取り100万円なら67万円(100万-33万)まで差押えが可能です。
個人年金も同様です。

もちろん、差押えが禁止された部分を除いた残りについては、差押えのやり方次第で将来の分も差押えの効力を及ぼすことができますので、その場合は、毎月毎月10万円ずつとか回収することになります。

個人年金ではなく、公的年金(国民年金や厚生年金)の受給権は、より生活保障の意味が強いので、受給権の全額が差押禁止です(国民年金法24条、厚生年金保険法41条)。
年金のほかにも、公的な給付金については各法律で差押禁止の規定があり、健康保険、失業保険、介護保険等の公的保険の給付金や、児童手当、生活保護、犯罪被害者等給付金、被災者生活再建支援金などの各種給付金も差押禁止債権となっています。


では、差押えが禁止されたものが振り込まれた預金口座を差し押さえる(正確には、預金債権を差し押さえる)ことは可能か、というと、これは難しい問題です。

20万円の厚生年金受給権を差し押さえることはできません。
しかし、20万円が債務者の預金口座に振り込まれた瞬間、その預金債権を差し押さえたらどうか。

形式的には、振り込まれた時点で年金受給権ではなくて預金債権という別の債権になっていて、預金債権は差押禁止債権ではありませんから、全額回収できそうです。
ただ、実質的に同一のものが、銀行に振り込まれた瞬間全額持っていかれるのでは、せっかく生活を保護するための制度趣旨が没却されかねません。

そこで、原則として、預金債権になった以上は差し押さえも可能ではあるのですが、差押禁止債権に該当する給付金が振り込まれた口座の差押えを認めなかった裁判例もあります。

債権者からすれば、そこに財産があるのに回収できないのは納得いきませんが、債務者からすれば、文字通り死活問題だからですね。



以上、債権執行を検討の際は参考にしてください。


あ、強制執行手続きのお手伝いをしてほしい!という方は、こういうのが参考になるかもしれませんよ!→「強制執行手続支援」(事務所ホームページです。宣伝です!)

では、今日はこの辺で。

2016年5月9日月曜日

既遂犯と未遂犯

司法書士の岡川です。

基本的なことなのでとっくに書いたと思ってたら書いてなかったので、前回の客観主義(行為主義)から連なる話をこのタイミングでしておきましょう。

主観主義的な考えを徹底した場合、処罰すべきは、犯罪者の危険な性格なのですから、そういう危険な性格があることさえわかれば、実際に許されざる行為や結果が存在しなくてもその人を処罰すべきである(少なくとも処罰を正当化する根拠がある)という結論に至ります。
平たく言えば、「殺人をするような人間」は、実際に人を殺していようがいまいが、「殺人をするような人間」なのだから殺人罪を適用して良いわけです。
しかも実際に殺人事件が起こる前に「犯罪者」を隔離し、予防することができるので、とっても合理的です。

まさしく、SF映画やアニメの世界ですね。
最近の作品では、「PSYCHO-PASS サイコパス」というアニメの設定がそんな感じ。


ただし、日本の刑法では、悪い性格や思想だけで処罰することはなく、何らかの危険な行為があって初めて犯罪が成立します。
これが前回紹介した行為主義の原則です。
また、仮に主観主義に立脚したとしても、現実にはSFの世界と違って「危険な性格」というものを直接的に判定できないので、実際に危険な行為に出たことをその性格の「徴表」であると考えて、そこで初めて処罰すると考えられています。


いずれにせよ、刑法は、処罰の対象として犯罪「行為」を類型的に規定しています。

さらに、刑法に規定されている基本的な犯罪類型は、ある人の行為によって他人の権利や利益の侵害を「実現した場合」が想定されています。

例えば殺人罪なら人を殺した(死に至らしめた)場合であり、窃盗罪なら他人の財産を自分の物にした(自分の支配下に移転させた)場合を処罰するものとして規定されています。
最終的に権利や利益が侵害されるに至った場合、これを「既遂犯」といい、日本の刑法では犯罪は既遂犯が原則的な類型とされているわけです。

これに対して、そういう危険な行為の実行に着手したものの、最終的に刑法に規定された結果の実現まで至らなかった場合を「未遂犯」といいます。


「未遂」というのは、通常の日本語としても使われますね。


未遂犯については、「未遂を罰する場合は、各本条で定める」(刑法44条)と定められており、逆にいうと、個別に「この罪の未遂は罰する」と書かれていない限り、その犯罪類型は既遂犯のみを処罰の対象としているということになります。

まあ、刑法典に規定された大抵の犯罪には未遂罪も規定されているので、例外だといっても大量にあるわけですが、例えば器物損壊なんかには未遂罪がありません。
他人の物を叩き壊そうとして鉄パイプか何かでガンガン殴りつけたけど、その物に傷ひとつつかなかったら不可罰ってことですね。

それから、暴行未遂罪ってのもありませんね(参照→「暴行と傷害の違い」)。


では「過失犯の未遂犯」ってのがありうるか。
故意犯処罰の原則と既遂犯処罰の原則という2つの原則に対する例外を重ねたものになります。

これには争いがあるところですが、少なくとも現行刑法において、過失犯について未遂を処罰をすると規定した条文はありません。

「包丁で遊んでたら手が滑ってうっかり友人の心臓を突き刺しそうになったけど相手にケガひとつなかった」という場合、理論的にはともかく、現行刑法上は「犯罪」ではないということですね。


未遂犯を理解するうえで重要なのは、犯罪の「実行に着手」したという点です。
着手すれば未遂犯の成立の可能性がありますが、着手しなければ、未遂犯としても処罰されません。

これが日常用語との違いで、例えば、銀行強盗の計画を考えて、その段階で「やっぱり人のお金を奪うのは良くない」と気づいて計画を破棄したら、これは未遂ですらありませんので、強盗未遂罪は成立しません。

これは結構重要です。


もし仮に、あなたが悪いことを考えていて、それを何かの機会に咎められたとしましょう。
「あれは未遂だから問題ない」とか言い訳するのは間違いかもしれない。

堂々と「あれは未遂ですらないんだ!」と主張してみましょう。
未遂ですら(刑法では)例外なのに、ましてや、その未遂より前の段階で責められる理由はないのです。



たぶん、相手を刺激して余計に怒られることでしょう。
世の中理不尽ですね。

では、今日はこの辺で。