2015年12月4日金曜日

「謀殺」と「故殺」

司法書士の岡川です。

義足でオリンピックの陸上競技に出場したピストリウス選手が、殺人罪で有罪判決を受けたようです。
原審では、「過失致死罪」で有罪となっていましたが、上級審でこの判決が破棄され、「殺人罪」が適用されたとのことです。


それはひとまず横に置いておいて。


当たり前のことですが、法律というのは、国ごとに制定されるものです。
犯罪と刑罰について定めた刑法についても当てはまりますので、つまり、国ごとに犯罪類型というのも異なります。

同じような類型がある国もあれば、法体系が全く異なる国では、ある罪名が対象とする行為が全然違ったり、聞いたことのないような罪名があったりします。

なので、日本語に訳せば同じ罪名でも、中身は全く違う可能性も大きいのです。

特に日本の刑法は、ドイツやフランスといった大陸法系(ヨーロッパ大陸の国々が採用してるような法体系)がベースになっているので、英米法(文字通り、イギリスやアメリカのような法体系)の国の犯罪と比較するときは注意が必要です。
注意が必要というか、日本の法律に慣れきっている日本人にとっては、ちょっと理解が難しいかもしれないですね。


例えば殺人罪。

日本の刑法では、199条に「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。」と規定があり、これが日本における「殺人行為」に対する刑罰規定です。

誰をどんな方法で殺害しようとも、故意に人を死に至らしめる行為は、基本的にはこの殺人罪が適用されます。
「殺人」は「殺人」でひとつの類型です。

特徴的なのは、日本の刑法は、「故意犯」と「過失犯」で犯罪類型を厳格に区別します(→「故意犯処罰の原則」)ので、殺人罪と過失致死罪は全く別類型だということです。

しかし、「殺人」はもっと広い概念で、かつ、もっと細かく分類できる概念として理解することも可能です。
外国では、そのような理解を前提に殺人罪を類型化されることがあります。


英語でいえば、「殺人」の全体を指すのが「homicide」です。
とにかく人を死に至らしめればhomicideなので、日本でいう過失致死罪とか重過失致死罪とか業務上過失致死罪とか過失運転致死罪とかも含む概念ということになります。


英米法とかコモン・ローとよばれる法体系では、(もちろん国ごとに異なりますが)日本の「殺人」より広い「homicide」を、その中で日本とは異なる基準で類型化します。

ここで出てくるのが、「謀殺(murder)」と「故殺(manslaughter)」という概念です。

ここでいう「謀殺」というのは、悪意を持って計画的に故意に人を殺害したような場合です。
国や州によっては、その程度によって、さらに第一級謀殺と第二級謀殺に区分されることもあります。

他方、「故殺」は、計画的でない殺人のことなのですが、殺人の故意がない場合(日本でいう過失致死)も含む概念です。
もっとも、「非故意故殺」は重過失がある場合や傷害致死などに限定されたりしますので、必ずしも非故意故殺罪=過失致死罪というわけではありません。
これも国と地域によって異なります。


話をさらにややこしくするのが、大陸法系の国にも、日本語で「謀殺」と「故殺」と訳される区別があり、それでいて、コモン・ローにおける謀殺(murder)と故殺(manslaughter)の区別とは別物だということ。
和訳したら一緒になるというだけです。

例えばドイツでは、いわゆる「殺人罪」は、「Mord」と「Totschlag」に分類されます。
日本語では、一般的には、前者は「謀殺罪」、後者は「故殺罪」と訳されています。

ドイツ刑法は日本と同じく故意と過失で類型を区別していますので、謀殺(Mord)も故殺(Totschlag)も、どちらも日本の殺人罪と同じ「故意に人を死に至らしめる行為」に入る概念だといえます(過失致死罪はまた別に条文があります)。
謀殺罪とは、故意による殺人の中でも、動機が悪質だったり、残酷だったり、特に危険な方法だったりする場合が該当し、故殺はそれ以外の故意による殺人です。

フランス刑法にも「謀殺(assassinat)」と「故殺(meurtre)」の区別がありますが、ドイツ刑法と同じく、どちらも故意犯で、計画的な殺人が謀殺罪になります。


ところで、日本の刑法には「謀殺」も「故殺」もありませんが、実は、現行刑法が施行される前、明治13年に制定された刑法(いわゆる「旧刑法」)には、この区別があったのです。
フランス刑法(昔のやつ)を輸入したようなものですから、似て当然ですね。

旧刑法における謀殺罪は「予メ謀テ人ヲ殺シタル者ハ謀殺ノ罪ト為シ死刑ニ処ス」とあり、死刑一択です。
毒殺も謀殺に含めるという規定がありますので、人を毒殺したら確実に死刑になります。

そして、故殺罪は「故意ヲ以テ人ヲ殺シタル者ハ故殺ノ罪ト為シ無期徒刑ニ処ス」とあり、これまた無期懲役一択。

犯罪者に厳しい時代だったようですね。


さて、ピストリウス選手の裁判。
南アフリカ共和国の刑法は、ベースとなっているのが大陸法系(オランダ法)のようです。
ただ、刑法典は存在しないみたいですが。
そこには、どうやら過失致死には過失致死罪という犯罪類型があるようです。

今回破棄された原審の罪名は何だったのかというと、英文の記事を色々見てみると「culpable homicide」と書いているものと「manslaughter」と書いてあるものがありましたが、日本語としては「過失致死罪」でよいのでしょうね。

では、今日はこの辺で。

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