2013年8月28日水曜日

罪刑法定主義の派生原理その3「類推解釈の禁止」

司法書士の岡川です。

近代刑法の大原則「罪刑法定主義」の3つめの派生原理は、「類推解釈の禁止」です。

昨日は、「法解釈」について紹介しましたが、法解釈にはいろいろな手法があります。
条文の文言を、言葉の意味通りに解釈する「文理解釈」や、言葉が本来持つ意味より広げて解釈する「拡張解釈」、逆に言葉が本来もつ意味より狭めて解釈する「縮小解釈」などです。

色んな解釈手法があるなかで、基本的には、適切な解釈手法を選択し、その手法に従って解釈を試みるわけですが、刑法(刑罰法規)を解釈するにあたって、採用してはいけない手法があります。
それが、「類推解釈」という解釈手法です。
類推解釈とは、「ある規定が存在する場合に、それと類似の状況についてもその規定が妥当する」と考える解釈です。

例えば、「カピバラを殺した者は、死刑に処する」という法律があったとしましょう。
この条文によると、カピバラを殺した人が死刑になることが文言から素直に導けますね。
これは、文理解釈です。

ここで、ヌートリアを殺した人が現れました。
「ヌートリアを殺した者」についての法律が存在しないとして、ヌートリアを殺した人は処罰されるでしょうか。

仮に、「ちょっと大きめのドブネズミっぽい動物を殺すのはよくない」というのが法律の趣旨だとするなら、「カピバラもヌートリアも同じようなものだろう」といえそうです。
その法律の趣旨から考えると、「カピバラを殺してはいけないなら、ヌートリアを殺すのもダメ」という結論が妥当と思われます。

そこで「『カピバラを殺した者は、死刑に処する』という法律の『カピバラ』には、『ヌートリア』も含んでいる」と結論づけるのが、類推解釈です。
カピバラ殺害について規定した法律を、ヌートリア殺害にも妥当すると「類推」するわけですね。

この法律の類推解釈を裁判所が採用すれば、「カピバラを殺した者は、死刑に処する」という法律に基づいて、ヌートリアを殺した人が死刑になります。


さて、「類推解釈の禁止」とは、文字通り、刑法を解釈するにあたっては、このような類推解釈をしてはならないとする原則です。

類推解釈を許容すれば、確かに、具体的場面において妥当な結論が導けるかもしれません。
法律を作った時点で想定していなかったことでも、趣旨に適っていれば同じ結論を導けるからです。

しかし、結局これは、「もともと法律が本来想定していない行為をした者まで処罰対象とする」ことになります。
法律に「カピバラ」と書いてあれば、「カピバラ」さえ避ければ処罰されない、と判断することができれば、国民は自由に行動できます。

しかし、法律には「カピバラ」としか書いていないのに、それが「ヌートリア」にまで及ぶとなれば、国民は、その法律がどこまで及ぶのか分からず、自由を著しく制限されてしまいます。
「何が犯罪で何が犯罪でないかを予め法律で規定して国民の自由を保障する」という理念からすれば、そのような事態は望ましくありません。

また、本来「カピバラ」について規定した法律しかないのに、ヌートリアを殺した者を死刑に処するとすれば、裁判所による新たな立法であるといえます。
それは、何が犯罪であるかを決めるのは、民主的なプロセスを経るべきであるとする民主主義的要請にも反します。


このような理由から、刑法では類推解釈が禁止されています。
なので、「カピバラを殺した者は、死刑に処する」という条文しか無いとすれば、「カピバラ以外の動物は、殺してもいい」と解釈しなければなりません。
したがって、ヌートリアを殺した人は処罰されません。
これを「反対解釈」といいます。

ヌートリアを殺した人も処罰したければ、国会で新たに「ヌートリアを殺した者は、死刑に処する」という法律を作らなければいけません。
もちろん、新たにつくられた法律は、既にヌートリアを殺した人には適用されません(遡及処罰の禁止)。
仮にそれで「処罰すべき人を処罰できない」という結論になろうとも、「刑罰法規は予め国民に提示しておくことで、国民の自由を保障する」という罪刑法定主義の理念が優先するわけです。


ちなみに、類推解釈が問題となる場面では、既存の法律が想定していない事態に対してその法律を当てはめる作業になります。
したがってそれはもはや「解釈」の枠を超えており、「類推適用」と呼ぶのが正しいという意見もあります。
類推解釈が許される民法では、「類推適用」という用語を使うことが一般的ですね。
「民法94条2項類推適用説」とかいう風に使われます(意味については、専門的すぎるので省略)。


なお、実際にヌートリアを殺した場合にどんな法律が適用されるのかについては調べていませんので、この記事を読んで「あ、ヌートリアって殺していいんだ」とか思わないでください。

詳しくは、お近くの「ヌートリアを殺したときに適用される法律に詳しい弁護士」にご相談ください。

では、今日はこの辺で。

罪刑法定主義シリーズ
1.罪刑法定主義
2.罪刑法定主義の派生原理その1「法律主義」
3.罪刑法定主義の派生原理その2「遡及処罰の禁止」
4.罪刑法定主義の派生原理その3「類推解釈の禁止」 ← いまここ
5.罪刑法定主義の派生原理その4「絶対的不確定刑の禁止」
6.罪刑法定主義の派生原理その5「明確性の原則」

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